「誤り」と「過ち」について

グッドモーニングという朝早い番組で、林修先生の「ことば検定」というコーナーがあります。そこで、誤り過ちの違いを解説していました。

誤り: 「誤」の字の「呉」は「ご」という音を表す音符の役割と食い違うという意味を持ちます。つまり言葉が食い違う。 表現や行動のある部分や手順の間違いを指し、訂正することが可能です。
過ち: 過度や過剰のようにゆきすぎる、度を超すという意味を持ちます。そこからあやまちという意味が生まれました。人の行為自体や結果の間違いを指すそうで、訂正することは出来ません。つまり過ちは繰り返さないようにすることが重要です。

http://www.kenn.blue/article/456400089.html より引用

この例として、1902年1月に起きた「八甲田山での軽装備の雪中行軍」は大きな過ちだったと補足していました。

映画「八甲田山」

映画「八甲田山」

ここでプロジェクトマネジメント的にもう少し深堀りしますね。確かに、「八甲田山での軽装備の雪中行軍」は大きな過ちだと思われます。しかし、「八甲田山」映画の中では、高倉健さんの率いる弘前側の部隊と、北大路欣也さんが率いる青森側の部隊とが2部隊に分かれ、雪中行軍の訓練を実施しました。この2部隊のうち雪中行軍遭難に会ったのは北大路欣也の青森側の部隊で、約200名の遭難死亡者が出ました。一方、高倉健さんの率いる部隊は全員無事に生還して任務を終えてします。映画の中で、これら2部隊が取り巻く行動や心情の相違点を如実に表現していました。実際のところ、この「大きな過ち」となった雪中行軍遭難は、決して1つの判断や行為の間違いでは起きません。その過ちに至るまで、いくつもの小さな「誤り」が
発生しています。具体的に列挙します

北大路欣也さんが率いる部隊の小さな誤り

  1. 八甲田山の雪中登山を普通の登山訓練のように捉え、予備訓練も良天候下で実施された。
  2. しかし、雪中行軍の日は、ここ例年にないぐらいの厳しい天候(猛吹雪)であった。
  3. 地元の人達の忠告を無視し、独自の判断で雪中登山した。一方、高倉健の舞台は、地元の人に案内人を依頼し任務を遂行した。
  4. 軍隊のメンツや誇りで高慢になり、大所帯の軍隊を編成した、それがあさとなって、想定外のトラブルに対し小回りが訊かない組織体制だった。
  5. 北大路欣也にリーダー権限が与えられず、上層部の一方な命令で軍隊を率いた。

参考ブログ: 雪山の遭難とリスク・マネジメント

これらの小さな誤りが積み重り、状況が次第に悪化して大きな過ちへと導かれていきました。
小さな訂正や修正しないままでその状態を看過しておくと、想定外のトラブルと重なって大きな過ちへと被害は拡大していきます。このように、大きな過ちには、小さな誤りを数多く抱えています。常に状況をモニタリングし、小さな誤りでも修正や改善をして被害を最小限に食い止めることが肝要。まさに、プロジェクトマネジメント的なPDCAですね。

誤りと過ち

誤りと過ち

最近の例だと、去年年末に「のぞみ34号」新幹線車両の台車亀裂事故が記憶に新しいですね。
https://www.westjr.co.jp/press/article/2017/12/page_11639.html

幸い、JR東海側で「のぞみ34号」を名古屋駅にて運転を取りやめたので、大惨事は間逃れて大きな過ちになりませんでした。しかし、この過程にはいくつもの誤りはあるはずです。新幹線を利用する人は、JR東海だけでなくJR西日本も真摯にこの誤りを調査することを願っています。運転中止の判断や運行中の車両点検のプロセス改善は、行動のある部分や手順の間違いなので訂正できます。一方、台車亀裂状態で運転を続行していたら、取り返しの付かない大惨事が起きたかもしれません。この場合、元に戻すことができず、過ちとなります。過ちには、二度と繰り返さないよう、さらなる原因追及、対策、教訓の指導等が「誤り」以上に重大な責任が課せらます。

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